諫早を“食”の力で盛り上げる 『トミーズ & BASE cafe』
2023.03.31 みせ
BASE cafe
諫早市民のソウルフードとして1981年に創業した『トミーズ』は、40年以上に渡り愛され続けるハンバーガーとクレープのお店だ。2019年にその姉妹店としてアエル商店街栄町通りにオープンした『BASE cafe』は”体を基礎から整える”をコンセプトに今やカフェとしてだけでなく、地域交流の拠点やイベントの運営基地としての役割を担っている。第5回目となる「ひとこと講座 -公開取材とローカル編集-」のゲストはこの2店舗のオーナーであり、『ISAHAYAグルメフェスティバル』や、『ISAHAYA‘‘頂’’プロジェクト』、『GOO GOO MARCHE』など、多数の地域活性化プロジェクトでも代表を務める陣野真理(じんのしんり)さんだ。
二代目誕生
『トミーズ』はご両親が始められたお店。生まれた時から『トミーズ』があることが当たり前だった陣野さんは、小学校から高校までことあるごとにお店の手伝いをしていたという。もちろん小学生のときの将来の夢はトミーズの店長(と有名人)。高校生になると、建築士を夢見るようになり、九州大学芸術工学部へ進学したものの、勉強にバンドに文化祭に、全てに情熱を注いだ結果、燃え尽き症候群となってしまった。そして何も手につかず悩んでいるうちに、就職活動をしないまま卒業を迎えてしまった。フリーターとして情熱を注ぐものがなかった陣野さんはお遍路へ行くことを決意。8月の猛暑の中、1日40㎞を40日かけて歩いていたとき、1本の電話が。母親から「トミーズを閉めようと思う」そう告げられた。
陣野「高校、大学と、何不自由なく卒業させてもらって、浪人までさせてもらって。恥ずかしながら、両親が諫早で商売をして、そこにお客さんがずっと来てくれることで、俺今まで生活できてたなってその時改めて感じたんですよ」
しかし、大学を出てからフリーターをしていた陣野さんにとって、今さら実家に帰るなんてカッコ悪い、帰るべきだとは思いつつも、決心できないまま歩き続けていた。そこにもう1つきっかけとなる出来事が訪れる。
陣野「帰るかどうか悩みながら歩いてたんですね。そしたら寝てるときにお告げがあって。『今までの自分に縛られることなく、今までの自分を生かす生き方をしなさい』この言葉を夢の中で言われたんですよ。確かに、今までの自分に縛られてたなと思って。それから、今までの経験をどう活かせるかなって考えた時に、やっぱりこれは帰ってお店を復活させると共に、街のためになるようなことをやることが、今までの自分を活かすことに繋がるんじゃないかと思って帰ってきました」
まさかの“お告げ”がきっかけで陣野さんは帰ってくることになったわけだが、それから『2代目トミーズ店主・陣野真理』として多忙の日々が始まった。
既にある魅力をひとつひとつ丁寧に洗い出す
当初はとにかく死に物狂いで働いた。潰れる直前だったお店をなんとか立て直そうと、360日10時間以上働き、23時にお店の営業が終わるとポスティングに行く毎日。それでもお給料は10万円を切るという生活が2年続いた。
陣野「でも、それが意外に楽しかったんですよ。フリーターの1年半って、今自分がやってることが次に繋がらない感覚というか、どんなに楽だろうが積み上がっていない辛さがあって。でも、ここに帰ってきて、どんなに給料低くても、働いてる時間長くても、積み上がってる楽しさとか快感をそのとき知って、結構楽しく働けてたかなって思います。」
その言葉通り、チラシを新しくする度にその効果がそのまま客足の増減という形で目に見えて現れることが楽しくて仕方なかったという。これは「たとえカントリーマアムの100倍美味しいクッキーが作れたとしてもそれが100倍売れるわけではない。そのクッキーをいかに広め、ブランド化していくかが大事である」という陣野さんが提唱するカントリーマアム理論に則られたもので、1度地元を離れて大学でデザインを学んだことが大いに活かされることとなった。
陣野「魅力って近づきすぎると見えなくなるもんだと思うんですよね。なので、本当は魅力がまだまだあるのにずっとそこで生活したり、商売してたら当たり前になっちゃって、それを魅力だと捉えきれなくなるところに、私は帰ってきて。改めて整理したら、ここ凄いやんとか、ここ面白いよねっていうのがあって、これ押し出したら絶対お客さん来ると思ったので、正直それをただただ丁寧にやっていっただけ、な部分がスタートですね」
フリーターから経営者への大転換だったが、ご両親が始めれられた大事なお店を、陣野さん自身が育ててもらった『トミーズ』を守るべく必死に試行錯誤を続けた結果、2年目にしてようやく立て直すことができた。
ハートtoハート
冒頭にも書いた陣野さんの数々の肩書き。現在は『トミーズ』に加え『BASE cafe』のオーナーも務め、さらに地域活性化を図るイベント仕掛け人としての顔をもつ。その最初のきっかけとなったのが『ISAHAYAグルメフェスティバル』だ。それはコンビニで見た、ある親子の姿から始まった。
陣野「コンビニの駐車場で、親子連れがおにぎりを食べてたんですね。それがいいとか悪いとかではなくて、365日中360日働いてる俺はめっちゃ悔しかったんですよね。諫早っていい食材いっぱいあるし、いいお店いっぱいあるのに、それが伝えられてないなっていう悔しさがものすごくあって。俺はまずこれに取り組まなきゃいけないんだなと感じて、『ISAHAYAグルメフェスティバル』っていうのを始めました」
地元の人が地元の良さを肌で感じられていないことに危機感を覚え、地元の食材を使った地元の飲食店を集めて25歳の時に立ち上げた。最終年度の2019年には100店舗、3万5千人を集客した諫早最大級の“食”の祭典となったイベントだが、はじめは地獄だったと苦い表情で当時を振り返った。
陣野「スポンサーも集めて行政の協力も取り付けて、会場も押えて、来週までにお店集め終わっとかなきゃっていうタイミングで30店舗は集めなきゃ成り立たないイベントなのに4、5軒しか集まってなかったんですよ。その時は寝てて気がついたら頭掻きむしりながら歩いてるみたいな。もうこれ失敗したら地元歩けないなっていう状況が続いてて」
それからはお店の集め方を見直し、「儲かるかは分かりません、だけどここで私たちが立ち上がらないと諫早の食がダメになってしまいます。なので、どうか協力していただけませんかお願いします」と正直に心の内を明かしたところ、その思いに協力したいという多くの方々の協力を集め、残り1週間で28店舗集めることができた。イベントとしても初開催ながら1万人ほどの来場者を集め、大成功を収めたかと思いきや、翌日から避難の嵐だった。
陣野「お前の自己満足に周りを巻き込むなとか、周りの渋滞とかですごく批判を受けました。それで凄い火がついて、俺がここで止めたら伝わらないまま終わってしまう。最低5年は続けて俺は本気で諫早を変える気だっていうのを見せてやろうと。批判が来たからこそ、ちゃんと伝わるまで伝え続けようと思いました」
そしてその5年後、2019年は新型コロナの影響もあり最後の開催となったが、出店数100店舗、来場者数3万5千人という盛況を見せ、見事に諫早の一大イベントへと拡大させた。
市民全員が活性化プロジェクトのメンバー
このイベントで、諫早は“食”によって最も注目を集めるポテンシャルを持っていると確信した陣野さんは、その魅力を全国に広める取り組みをしようと、2020年に『ISAHAYA“頂”プロジェクト』をスタートさせた。これは生産者さんに丁寧な取材を行い、その魅力を伝えること。そしてその食材を地元の飲食店に新しいメニューとして提供してもらうというものだ。これまでにジビエとイチゴを取り上げ、3回目となる今回は牡蠣をメイン食材として取り扱っている。
そして、さらに諫早に興味を持っていただき、ご家庭でもその魅力が味わえるような製品作りを『ISAHAYA“頂”プロジェクト』で行なっている。どちらもただ味わってもらうだけでなく、作り手の想いや商品の魅力が伝わるよう徹底した取材が行われている。
このほかに、お店を構える商店街にも“食”の力で活気をもたらそうと、「諫早の“食と暮らしを豊かに”」をテーマに2021年から『GOO GOO MARCHE』を始めた。このイベントでは“食”を中心に、諫早市内はもちろん、市外県外の魅力的な雑貨などを集め、ワークショップなども開催されている。このイベントは商店街関係者だけでなく、主婦や学生など地域を巻き込んだメンバーで運営をしており、それにも狙いがあるのだとか。
陣野「諫早の中心にいる感覚を色んな人に味わってもらうことを大事にしてて。私たちがいるから街が動いてるんだっていう実感をたくさんの人に感じてもらって、より諫早のことが好きになるっていう良い循環をつくりたくて。それを高校生のうちから感じてもらえたら、絶対将来に繋がってくると思ってます」
このようなイベントの運営基地として2019年にオープンした『BASE Cafe』だが、今では地域の交流拠点としての役割も担っており、ここでも『大人の学校』という街の得意なことがある人たちを先生役にした、習い事教室を行うなど、積極的に活用している。子供の頃から商店街に愛着を持ってもらいたいとの思いから、夏休みの宿題を商店街で終わらせる企画では、毎年700人ほどの子どもたちが集まるイベントになった。
『トミーズ』の再建をきっかけに始まっていた陣野さんの活性化プロジェクトは、1店舗から商店街、市内全域、とその範囲を広げ、大きくなっている。「今までの自分に縛られることなく、今までの自分を活かす生き方をしなさい」お告げにあった言葉の通りに、諫早の“食”の魅力を1人でも多くの方に知ってもらおうと、今を積み重ねる陣野さんの姿は、地元に帰ってきたあの当時と変わらぬ情熱を感じた。
公開取材の様子はこちらから。
「ひと」「こと」についての記事は、以下をご覧ください。