地域と建物の文脈を汲み、新たに生まれるひと・ことの流れ。『ホテル/カフェ/コワーキング/建築設計事務所 水脈 mio』
2023.11.17 みせPhoto by taratine
いとなみ研究室がおくる「ひとこと講座 -公開取材とローカル編集-」の公開取材企画・第6回は、株式会社インターメディアと株式会社水脈の代表を務める佐々木翔さん。
島原市万町のアーケード内にて、インターメディアは旧堀部邸のリノベーションを手がけ、新たに「水脈 mio」が誕生した。
水脈は、ホテル・カフェ・コワーキングスペース、そしてインターメディアのオフィス機能を備えた複合施設。島原というまちに、今までになかった新たなひとの流れが生まれ、ことが動き出す波紋の中心となる。
水脈の記念すべきプレオープンの日に行われた公開取材では、建物に込められた想いと、まちの人々が抱く希望とが、呼応しあうように繋がった。何かが始まりそうな予感で満ち溢れた水脈の魅力を、記事を通して伝えていきたい。
cafe mio と ホテル水脈
ここ万町の歴史を紐解いていくと、アーケードが架かる以前は呉服町だったため、人々が集い行き交う要衝であったことが考えられる。そして江戸時代から続く築170年超の旧堀部邸は当時、大きな綿問屋だった。
そのため、建物に人が入りやすいように、アーケードに面した間口はとても広い造りになっていた。さらに奥には、湧き水が流れる立派な庭園もある。佐々木さんの紹介で、建物に関する魅力的なポイントはいくつも挙げられた。
佐々木「まず建物のポテンシャルが大変素晴らしい。すでに人々が集うための骨格がこの建物にはある。だから、入口から入ってすぐの土間スペースは大きく変える必要はないと思いました。そこにカフェやホテルのフロントなどを設け、ふらっと入ってきた人が休憩して行ったり、会話が生まれたりしやすいような交流の空間にしています」
地元の人も、観光客も、まずはここを目指して訪れるような“まちのフロント”。水脈の顔となる1階の「cafe mio」は、すでにアーケード内で新しい人の流れを生み出しているだろう。
また、趣のある湧水の庭を活かすために、佐々木さんらはそこを客室にしようと考えた。
佐々木「壁をしっかりと設け、音も遮断して、ゆったりとこの庭や湧水を愛でてもらえるような“バケーション”を主軸とした客室を設計しました。これは、宿のコンセプトや運営について助言していただいた、つぎと九州の小田切俊彦さんやPAAK designの鬼束準三さんたちのご意見も参考にしています。我々も設計を超えて宿の運営をするのは初めてのことなので、無理なく長く持続的に経営できるような体制を目指しました」
「霞 kasumi」の客室(photo by taratine)
「雫 shizuku」の客室。離れの部屋からは、湧水の庭を眺められる。(photo by taratine)
設けた客室は、「霞 kasumi」と「雫 shizuku」の2部屋。そのどちらもが、水と緑をすぐそばに感じられ、ゆとりのある非日常が味わえる特別な空間へと生まれ変わった。
滞在するといつの間にか、自身に対する内向きの感覚が刺激されていることに気が付く。読書、執筆、対話。湧き上がるさまざまな創作意欲。佐々木さんがよく用いるキーワード、「島原にこもる」とはこのことだろうか。
建物が紡いできた歴史と、目の前にある貴重な資源を最大限に活用する水脈は、島原での過ごし方を再編集しているように感じられる。
立ち上げには、島原の意欲的な人材が集う
水脈を支えるスタッフのモチベーションの高さにも、佐々木さんは期待を寄せている。水脈に無くてはならないキーパーソンが、カフェの店長と宿の女将を兼任する、インターメディアの南里史帆さんだ。
南里「大学時代に長崎で研究する機会があって、その時に利用していたゲストハウスですごく温かい経験をしたんです。それで、私も将来こんな宿をつくれたらいいなぁって思っていました」
佐々木「インターメディアに就職してもらう人たちには、将来的にどんなことがやりたいのかを聞くようにしています。南里さんとは最初にゲストハウスの話もしていて。その夢もうちを辞めた後にいつか実現したらいいなぁとは思っていましたが……」
南里「こんなに早く実現するとは…(笑)。本当はいつかインターメディアを辞めて、宿の修行に出てからゲストハウスやろっかな〜ぐらいに考えていたんですけど、ここで女将になることができました…!」
会社に所属しながら、自分のやりたいことにもチャレンジできる環境と風土。その前向きで明るい空気は、新しく就職したカフェスタッフにも共通している。
そんなスタッフで営業されている店内は、和気あいあいとした楽しい雰囲気。試行錯誤しながら、早くもお互いにフォローし合うようなチームワークが芽生えていた。
佐々木「採用の段階から、皆さんすごくモチベーションが高かったんですよ。普通のカフェではないですし、宿の仕事もやらないといけない。このまちに必要だと思えば、イベントや新しい取り組みを行うこともあるかもしれない。そんな僕の考えを全部お伝えした上で、『それでもやっていただけますか』と聞けば、皆さんそれに応えてくれて。こんな場所が欲しかったなと、少しでも思っていただけたのかなと感じています」
インターメディアとしてもカフェや宿の運営は初めての挑戦。しかし、水脈で働くスタッフから感じるものは、不安よりも期待に満ちていた。
建物に集う人たちがいきいきと輝く表情で溢れていたら、より居心地の良い空間へと育まれていくだろう。
アーケードの人々と共におもてなし
ここで少し、水脈が誕生するまでの背景に触れておきたい。佐々木さんは、旧堀部邸のプロジェクトに取り組むにあたって、アーケードや島原に与える影響まで考えをめぐらせた。
旧堀部邸は、島原の中でも中心部にある万町アーケードに位置しており、非常に大事な立地だ。ここが賑やかになるか、沈んでしまうのか。それによって島原全体に与える影響は大きい。
地方の限られた資金を投じてつくったハコモノが失敗してしまったら、再起することは難しいと佐々木さんは語る。
佐々木「もし、HOGETの山﨑秀平さんやuminoわの森一峻さんのように、島原にも地域のキーマンがいれば、僕は建築設計という職能を活かして貢献したいと考えているスタンスでした。しかし大変失礼ながら、僕はその時点でそのようなキーマンに出会えていなかったんです。だったら、自分がやるしかない。そう覚悟を決めたような瞬間が、一つのターニングポイントだったかもしれません」
島原というまちにとって、このプロジェクトは絶対に失敗して欲しくない。失敗すると、周囲への影響は相当大きなものになるだろうと感じていた。それならば、自分が考えられるだけのことをここに落とし込みたい。旧堀部邸のプロジェクトには、佐々木さんのそんな覚悟が込められている。
公開取材イベントでは、水脈の近所にある名所「しまばら水屋敷」の店主である石川俊男さんも会場に来ていた。その口からは、「水脈さんができたこと、アーケードにとっても大歓迎です」の言葉。
地元側も新しい動きを受け入れ、共に地域を盛り上げていこうとする空気が生まれていた。
またホテルの宿泊者は、水脈の目の前にある「お料理 まどか」の夕食と朝食をいただくことができる。上質な宿の時間に加えて、この贅沢な食事のおもてなしを体験したら、島原ステイが忘れられない思い出になるはずだ。
佐々木「元々まどかさんは僕も好きでよく行っていたお店です。通常、朝食はやっていないのですが、ありがたいことに僕らのこの事業のために開発をしてくださって。やっぱりバケーションを意識すれば、ミシュランに載っているようなまどかさんが目の前にあるので、水脈ではなくまどかさんで思う存分贅沢なお料理をいただくのが自然かなと」
佐々木さんらはそれぞれが独立した動き方をするのではなく、まちの中で役割を補完し合いながらサービスを提供しようと試みる。
水脈を拠点に島原半島の周遊に繋がったり、アーケードの中でさまざまな体験をするうちに地域のコミュニティに触れられ、長期滞在に繋がっていくだろう。
ただ建物がリノベーションされただけではない。その周りには、島原で暮らす人や商いがあり、まちを形づくっている。水脈の在り方に反映された佐々木さんの想いは、建物を超えてまちに伝播していく。
より流動的でオープンな若者との接点を創出する
最後に、佐々木さんのエッセンスが特に色濃く表現されている場所が、水脈の2階部分。コワーキングスペース「湧 work」と、インターメディアのサテライトオフィスが入居している。
県内外から建築・設計を学ぶ若者がインターンに訪れる際には、ここで仕事やミーティングが行われる。
かつて、インターメディアの武家屋敷オフィスで生まれていた若者同士の交流。
大学がない島原だからこそ、地元の高校生が県外の大学生と自然に会話できる距離感と、それが外から見えるオープンな空間は、かねてより佐々木さんが強く求めていたものだ。
公開取材には、水脈のオープンに関する情報をいち早くキャッチした地元の高校生や県外の大学生も足を運んでいた。
「将来、起業したいと思っていて。でも仕方が分からない。だから、ここができてありがたいです。地元の高校生がこんな場所に気軽に入れることって、島原にとって大きな意味のあることだと思います」
「私は自分が何をやりたいのか分かりません。どうしたらいいですか?」
この日、夢を語る高校生や、悩みを抱える大学生たちは、その場にいた長崎の大人たちとたくさん言葉を交わすことができた。それは、若者たちが一歩踏み出してアクセスしてきてくれたからだ。
そしてそれは、水脈という多世代・多地域・多分野の人々が交わる場所ができたからこそである。
身近にいるかっこいい大人の存在が若者に夢を与えられること、思いがけない出会いが社会や世界の窓を開くきっかけになること。「人が集まること」のさまざまな意味を、その場にいる全員が再認識できた時間だった。
佐々木「自分が高校生の頃に、居心地がよくて人が集まれる場所があって欲しかったなと本当に思っていました。だから、できるだけ敷居を下げられるように、高校生の方にたくさんお話を聞きたいと思います。また、水脈のスタッフや商店街の皆さんにも、『ここだったらこんなことができるんじゃないか』ということを相談してもらえるように、僕らもどんどん仕掛けていきたいと思います」
水脈という名に込められた想いは、建築となって表現され、そこに集う人々にも伝わっていく。これからこの場所は、島原の若者にどんな夢を見させてくれるのだろう。
公開取材の様子はこちらから
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