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ローカルしらべ

目指すは創業100年。自身と周囲を豊かにしながら、幸せを感じるいとなみを。『松尾農園/Matsuo Nouen + Coffee』

2023.12.21 みせ

松浦市志佐町で創業70年の歴史を紡ぎ、三代目の松尾秀平さんが跡を継いでからコーヒースタンド、オンラインショップの開設など新しい動きを見せてきた「松尾農園」。

松尾農園オンラインショップはこちら→ https://www.matsuonouen.net

長崎大学水産学部で学び、「株式会社ジャパネットたかた」に技術職として就職。これまで畑違いの仕事をしてきた松尾さんは、なぜ「種を売る」という仕事に惹かれたのか? 家業をやりながら枝葉を広げていく、松尾さんの目標とは。

(この記事は、2023/9/8に開催された公開取材をもとに編集しています。)

公開取材の様子はこちら。

松尾農園」を継ぐまでの、松尾さんの半生にスポットを当てた記事はこちらをご覧ください。

「株式会社ジャパネットたかた」で5年務めたのち、27歳の頃、興味が出てきた自営業について学ぶため地元松浦市へ戻り、家業の手伝いを始めた松尾さん。

その際、『4Hクラブ(全国農業青年クラブ)』に所属する農家たちとの交流がきっかけで、農業や種苗の面白さを知った。

松尾「農家さんって、一般の人が知らない情報すごい持ってるなって思ったんですよ。スーパーでもかぼちゃとかトマトとかしか書いてないけど、品種めちゃくちゃあって。で、営利の品種と家庭菜園の品種とかも全然違うんですよ。その理由とかも掘り下げていくとすごい面白くて。それだけでもちょっと30分ぐらいしゃべれそうなんですけど」

松尾「戦後は、営利の野菜の品種開発が多かったんですよ。やっぱ流通しないといけないってことがあるから、本当なら柔らかい人参が美味しいけど、輸送中に割れちゃうから硬い人参。3日で痛むのと1週間で痛むものとだったら、もちろん1週間持つ方がいいし。食べ物ってこう不思議で、美味しくなくてもクレームにそんなにならないじゃないですか。まず、美味しさよりも見た目で選ばれるんですよね。やっぱ見た目がまず良くないとスーパーで売れない 。本当に美味しくても。営利だと病気に強いとか、やっぱり作りやすい。めっちゃおいしい野菜いっぱいあるんですよ。伝統野菜とかもそうなんですけど、昔からの品種だったり。最近では品種開発されたやつでも、あの美味しさを目指して開発されてるやつがあるので。これってすごいちゃんと伝わると、お客さんもっと楽しんでもらえるなと思ったので」

まだまだ一般には知られていない農作物の魅力や、園芸がさらに楽しくなる種や苗の知識。松尾さんは種を売る小売業の立場だが、顧客の大半でもある農家たちからの学びは大きかった。「伝え方の工夫次第で色んな可能性が見えてくる業界だ」と感じた松尾さんは、30歳で三代目となった。

そして同年、ちょうど今から8年前のこと。松尾さんの奥さんを店長に、地元野菜の直売所も兼ねたコーヒースタンド「Matsuo Nouen + Coffee」がオープン。実はSorrisorisoの「Tsubame Coffee」と修行先が同じだったりと、東彼杵ともご縁が深いお店なのだ。

もともとカフェやイベントに興味があった松尾さん。コーヒースタンドを始めたのには、子ども心ながら「何もない」と感じていた松浦市に、人が集まり交流できる場所を作りたいと考えたからだった。「あんまり自分でやることにこだわりはなくて」。

松尾「田舎で、そもそも競争相手が少ないから だと思うんですけど、やっぱ同業種って文化を作る上で大事だと思うんですよね。コンビニで100円のコーヒーが買えるのに、こんな田舎で300円以上のコーヒーなんて誰も買わないよ、なんて言われたりしたんですけど、実際こうたくさん来ていただいてて。でも自分は、コンビニがコーヒースタンドのコーヒーを飲むという文化を作ってくれたと思ってて。多分、個店だけだったらできなかったから、逆に自分はプラスになると思ってて。やっぱ文化を作る上では自分だけじゃなくて、 いろいろ居た方が。例えば、『松浦ってコーヒーおいしいとこいっぱいあるよね』ってなるのは一つビジネスとしてもあるかなと思います。エリア的に盛り上がってくれれば。そういうのがあるので 、やっぱりこういうところで滞在時間が増えるっていうのが、ちょっと観光面ではなんかそういうプラスがあるのかなと」

さらに2年後には「松尾農園」のオンラインショップも開設。種苗業者との信頼関係に基づく商品の充実に加え、独自に学び体感した園芸の魅力を松尾さん自身の言葉で親しみやすく発信するスタイルも好評で、現在行っている事業の中では一番の伸び率となった。

松尾「特にこの業界、本当遅れてて。どの品種も『食味良くて病気対応性あり』みたいな、すげえ分かりづらいんです。 美味しいってのもいろいろあるじゃないですか。トマトだったら糖度がめちゃくちゃ上がるのか、酸味とのバランスがいいのかとか、味が濃いのか色々あるから、それをちゃんと自分で食べたりとか、育ててみて、で、『これとこれで選ぶなら、おいしさで選ぶならこっちがいいですよ』、『これ、 ちょっと作りにくいから 、初めての方こっちの方がいいかもけど挑戦してみるなら…』みたいな、そういうのも導線をリンクとかを貼りながら。読み込んでいくと自分がこっちがいいなっていうのにたどり着くような感じで作ってるので。その辺が、結構うちは他と違うところかなと思います」

さまざまな品種の魅力を分かりやすく伝え、お客さんに納得して選んでもらう。松尾さんのそうした考えは、前に勤めていた「ジャパネットたかた」の元社長・髙田明氏から学んだことがベースとなっている。

家業の継承、事業拡大を経て奥さんの出産と、さまざまなライフステージを経て40代へと突入していく松尾さん。これからの考え方として、基本的に「いつまでに」という計画は立てないことを掲げている。

「考え方や言葉に縛られるのが嫌いで」。期限や縛りを設けず、変化していく時代に柔軟に対応しながら、やるべきことをコツコツと続けていくのが大事だと語る。

松尾さんのこれまでのお話を伺うと、やはり夢中になる人なんだなと思いました。まさに“努力は夢中に敵わない、義務は無邪気に勝てない”との言葉に当てはまりますね。では、またモノマネをしながら……

松尾「もうやらない。もうやらないですね」

“妻”をキーワードとしていますが……。

松尾「夢中になると、ほんと没頭するとそればっかしちゃうから、間違った方向に進む可能性あるわけじゃないですか。仕事に没頭しすぎて家族置き去りにしたりとか。そうならないためにも、やっぱりこういう本当に大事なもの一つはきっちり自分の中で言葉として置いとこうかなっていうのはあります」

軸みたいなことですね。

松尾「そうしないと、いつの間にか没頭して、なんか見失いそうで大事なものを 」

松尾さんには「誰もやっていないなら自分がする」というマイルールが存在する。一体どういうことなのか。

松尾「(他の人が店をオープンしても)悔しいとかなくて、やった!って逆に思うんですよね。 だから、なんかいろんなものがあったらいいなって思うのを、どんどん皆がやってくれれば一番嬉しいし。逆に、自分の考えが役に立つなら情報を全然提供するし、みたいなところはあって。それでも誰もやらないなら、もう自分が計画してやってもいいかなと思いますね。考え方的には」

根本は「じゃあ、なければ作ってしまえ」。

松尾「なんかあったらいいなっていうのはちょこちょこ思ってるのを、タイミングだったりとか計画で、あっこれならいけそうとか。この人が近くにいれば一緒にできそうとか。なんかだんだんそういうのが組み上がってきたらやるかなっていうとこですね」

なるほど、どんどん、じゃあいろんなことが周辺で起こってきてくれると嬉しいなってこと?

松尾「そうですね。やりたいことはどんどん浮かぶけど、精査しながら、その時に準備が整った順にやっていくっていう」

精査しながら、準備が整い次第実行に移していく。

松尾さん曰く、関西人の友人がやっていた“話のネタをストックしておく”感覚に近いそうだ(今回アドリブで披露した髙田社長のモノマネは関西人としてはたぶん0点のやつ、とのこと)。

松尾さんにとって、やりたいことと仕事のバランスはどうなっているのだろうか。また、そのモチベーションはどこからくるのだろうか。

松尾「そんな大きな志とか特になくて、自分のできることなんて限られてるから。自分が満足できるものと自分の周りぐらいだったら、あの、何か面白いことできるかなっていう感覚ですね。だから、まあなんかこう歴史に名を残したいとか、あんまりそういうのはない感じです」

逆になんか、自分がやったことのリアクションが見たいみたいな、そういうところが周りって言うことになってるんですかね。

松尾「そうですね、それはあるかな。周りの反応が一番、こう一番リアルにわかるし」

(今回のトークイベントの)事前打ち合わせ中でも、ご一緒に働いていらっしゃる方とか、そういった方たちすごく分析してるというか、思いを持っていらっしゃるというか、そんなことが結構お話に出てきててですね。だからこそ、この自分と自分の周りの人を豊かにしていくことが、結果、松浦の発展につながって いくんじゃないかっていう話をしてましたもんね。

あと、「他人の評価は気にしない」。

松尾「ハマったもので何か達成するには 、邪魔なものも出てくるじゃないですか。自分の弊害になるもの。自分は多分、キャパがオーバーするとパフォーマンスすげー落ちるから、できるだけ。もうパソコンで言うと、色々立ち上げとったら遅くなるから、もうできるだけ削除してデータの空き容量をあんまり、スペックが高くないことわかってるから」

選択して集中するっていう。

松尾「そうですね。結構、やっぱ地域活動とかそういうね、大変なこともあるから。やっぱ自分が嬉しいのはちゃんと僕のことを考えて提案したり、イベントこういうことしてくれないかとか言われるのはすごく。それが、そうメリットにならないと思ってもちゃんとそれを言った上で。正直に言うんですよ。これだったらちょっと、うちは合わんけどこれならどうかな、とか。それで無理なら無理ばいとか、ハッキリちゃんとプラスになるかどうかを言うし。逆に自分が仕事を振る時は、向こうにプラスになるっていう見込みがないと、もう振らないんですよね。もうそれは楽しさなのか、仕事の次のつながりかお金かなのか、何でもいいんですけど。ちゃんとしっかり話し合った上で、いろいろやるときはやりたいなっていうのがありますね

自分も選択したいけど、相手の選択も尊重する。だから相手の選択も尊重する。

松尾「無理してやるのはしなきゃいいと思うんで 。はい」

人間関係なく続けるためには必要なことですね。

松尾さんは、ここ2年ぐらい、とある漫画のセリフにとても考えさせられているという。それは【幸せは掴むものではなく至るもの】というワードだ。

松尾「(幸せを感じるということにおいて)自分の心をどう持っていくかっていうことに、今後ちょっと考えた方が、まだ人生長いんで 。今の段階からやった方が本当の意味での幸せになれるんじゃないかなっていうのを、最近この2年ぐらいすごい考えながら生きてるって感じですね」

何かを得る努力をするよりも、幸せを感じる心を学ぶことが重要だという。

奥さんの出産、そして子育てと人生のステージは進んでいく。守るべきものが増え、幸せを感じることも増えたが、当然、自分の思い通りにならないことも多い。

“これだけは譲れない”という芯を持ちながらも、闇雲に願望を抱かず、あえて「考えないこと」や「思考を捨てる」ことも大切だと、松尾さんは話す。

今後は、「選択の質を上げていくこと」が重要になってきていると話す松尾さん。

松尾「判断自体を、数字とかいろいろきっちり頭で考えるんじゃなくて感覚的に正解を導き出せるように、徐々にしたいなっていうのは。なんかこう、ブルースリーが『考えるんじゃない感じるんだ』ってやつですよね。経験値があるからもう無意識の状態でそれが出るような状態になるって言うところだと思うんで、もちろんある程度こうやったりやらなかったりと思うんですよ。ここで成長も止めればまた落ちちゃうから、ちゃんと勉強もしようとは思います」

自身の経験や学び、周囲の人脈を大切にしながら、やるべきことと丁寧に向き合い1つ1つをこなしていく。

アジの漁獲量日本一の“アジフライの聖地”・松浦市のさまざまなプロジェクトにも参加している松尾さんは、現在「Matsuo Nouen + Coffee」でアジフライを使ったメニュー開発や提供、グッズの販売なども行っている。これには「大学の水産学部で学んだ経験がちょっと役に立っている気がする」と、教授への感謝の気持ちを滲ませた。

目指すは「松尾農園」を創業100年に。65歳までは仕事を頑張りたいという。そして、最愛の奥さんと豊かな老後を送ることを目標にしているそうだ。

家族でいとなむ老舗種苗店という大きな幹。そこから伸びる枝葉は、これからも周りの環境と調和し、栄養をもらい、美味しい実をつけていきながら、美しくのびのびと成長していくのだろう。

『松尾秀平さん』の「ひと」の記事は、こちらをご覧ください。